2013年9月2日月曜日

「生きねばならない」宮崎駿スペシャル『風立ちぬ』1000日の記録(10) プロフェッショナル仕事の流儀



2012年10月
 
新作の公開まで1年を切った去年秋
 
映画づくりはいよいよ追い込みに入った
 
 
宮崎 面倒くさいな。
 
 
だが、宮崎には重い宿題が残されていた


宮崎 出さなきゃいけない結論があるんですよね。飛行機がつくりたいってどういうことなんだろうって(笑)
 零戦が飛んだからめでたし、めでたしなわけでもないし。ね?


戦争前夜、二郎は戦闘機の開発に心血を注ぐ
 
だが、殺りくの道具をつくった人物にどんな結末を用意すればいいのか
 
宮崎の迷いは日に日に深くなっていった


宮崎 難しいところに行くなあと思っていたけど、本当に難しいところに来たね。


宮崎の迷いは二郎の造形にも悪い影響が出ていた
 
二郎の感情をくっきり表現することができない
 
アニメーターからは二郎をどう描けばいいか分からないという声も出始めた


(打ち合わせの様子)

宮崎 何を考えてるか分からない顔してるっていう。

女性 それ難しいですね。結構この作品多いですよね。


さらに宮崎を困惑させる事態が起きていた
 
1月前、日本は尖閣諸島を国有化していた
 
だが、それに反発した中国が領海侵入を繰り返し、緊張が高まっていた
 
 
映画で描く、きな臭い時代が到来しつつあると宮崎は感じていた


宮崎 アメリカと戦争やるようなことは、冗談で言っててもそんなことは起こんないだろうと常識的に思ってた。多くの日本人もそう思ってた。なんか知らないけど、土壇場になったら熱狂してそう(戦争に)なっちゃったんだよね。それは今も同じだと思うよ。
 いよいよ、なんか前夜になってきたなっていう感じがする。すごいところになってきたね。だから冷静でいたいよ。



2012年10月15日


宮崎 日曜日はもうすごかったよ。なんかしないと気分が変わんないから俺は散歩に行った。全生園ていうハンセン病の展示がね、これはすごかったですね。


ハンセン病の療養施設で
 
生涯にわたって隔離を強いられた人たちの写真展を見たという
 
 
意に反して定められた人生
 
それでもしっかりと生きようとする姿が目に焼き付いていた


宮崎 女房も行ったんだけど、ふたりともそれについては何もしゃべらないで帰ってくるっていう(笑)
 いやあ、ちょっと衝撃的ですね。おろそかにしちゃいけないっていう気持ちになるよね、本当に。


宮崎の中で何かが変わろうとしていた


宮崎 なんか、突然時間をかけてやる意味が出てきた。


アニメーターが書いたまま手つかずにしていたカットを直し始めた
 
二郎が試作機の墜落に立ち会い
 
日本の航空技術の未熟さを目の当たりにする場面
 
 
アニメーターが描いたのは茫然とする二郎だった


宮崎 こういう顔じゃないんだよ。こういう顔になんないといけない。
 失敗に立ち会うことで、なんか感じたんだと思う。「きょう、自分は深く感銘を受けました。目の前に果てしない道が開けたような気がします」って言ってんだから、これは大事なセリフなんです。こんなことは2度と言わないからね。


二郎の表情を大胆に変えていく


宮崎 セリフにこう、歯を付けてるだろう? 歯を付けるとグッと攻撃的になるんです。攻撃的というか、はっきりしてくる。
 いや、もう、この人たちにとっては戦争っていうのは選択できない。選択できないんです。今の自分たちと同じですよ。


どんな時代にあっても精いっぱい生きようとした人たちがいた

それが宮崎の変わらぬメッセージだ


 
二郎 「きょう、自分は深い感銘を受けました。
 
目の前に果てしない道が開けたような気がします」
 
 
 
宮崎の決意を示す文章ががある
 
「時代の歪みの中で夢は変形され、苦悩は解決されずに生きねばならない。
 
その運命は、実は現代の世界に生きる自分たちそのものではないのか。」
 
 
 
宮崎 すごい風。(スタジオの外の木の枝が激しく揺れている)
 
 
 
宮崎は一気に絵コンテを仕上げていく
 
世界のどこにもない飛行機の開発にまい進する二郎
 
 
描くのは、いかに二郎が力を尽くして生きたか
 
 
宮崎 精いっぱい生きたっていう感じにしなきゃいけない。
 
 
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